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『文楽の中にある清浄な日本の心、一途で美しい人形の表情に魅せられて…』
角尾 蕗子/画家
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那須町、愛宕山の小高い丘にアトリエを構えて四十年。素朴な風景や人の生活が変わっても、那須が大好きだとおっしゃる角尾さん。アートルームに飾られた100号のキャンパスには、日本人が忘れかけた「美しい心」が描かれています。
― 画家としてご活躍の角尾さんが、那須のご自宅に『アートルーム 蕗(ふき)』を開いたのは、どのようなきっかけからだったのですか?
「この那須の地に山小屋的アトリエを建てたのは、もう四十年くらい前になります。その頃は電気も水道もなくて、学生たちがこぞって手伝いに来てくれました。ロウソクをたくさん立てて、その中で絵を描いたこともあるんですよ。楽しかった。もともと東京で絵画教室を持ち現代美術家協会の審査委員などをやっていたこともあって、ずっと東京と那須を行ったり来たりの生活でした。今では教室は弟子に任せお役も遠慮させていただいているのでほとんどこちらの生活ですが、月中はやはり東京へ出掛ける事が多いです。
アトリエを改装して『アートルーム 蕗』を開いたのは、平成元年のことです。ここで展示をするつもりは全くなかったのですが、外に出さない絵をしまっておいたら、置いておくのなら見せて欲しいと言われて。オープンした時は新聞でも紹介していただいたんですよ。
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でも、絵を観にいらっしゃるのは、多くが遠くの方です。地元でも大田原や黒羽、塩原辺りからがほとんど。本当に近くの黒磯や那須の方は、あまりみえませんね。私としては、近くの学校の先生とか近所の農家の方とか、身近に暮らす人たちに観ていただいてお知り合いになりたいと思っているんです」
― 文楽の絵をお描きになっていますが、なぜ文楽を題材に?
「文楽の前は抽象画を描いた時期もありました。絵に独特の「青」を表現していた「青の幻想」の時代です。でも、文楽に魅せられちゃったんですね。
小さい頃から文楽はよく観に行ってました。最初は、おばあちゃんに連れられて。文楽はもともと450年ほど前に生まれた農民芸術です。だから物語は全部農民の間から出たもの。ストーリーも簡潔で、そして、何より清浄なんですね。べたべたしたところがなくてとてもきれい。歌舞伎のように人が演じていると生々しい感じがしますが、人形の場合そういうところがない。それでいてもっとリアルさを感じます。
文楽の人形を操るのは三人の黒子です。かしらを使う人、手を使う人、そして足を使う人。でも、じいっと人形の動きを見ていると、舞台の上からだんだん黒子が見えなくなってくる。人形の手が暖簾をふっと開けて隙間から白い顔がすっとのぞいたりするとすごくリアルで、泣けてくるくらいきれいです。
私は、自分の絵の中に文楽のストーリーや姿から得たイメージを表現しようと思ったのです。一途な男と女の物語、今の世の中にはない『日本の心』ですね」
― こちらのアートルームには、何点くらいの絵を架けているのですか?
「こちらには100号、120号の大きな油彩から、小さな水彩やスケッチまで約60点の作品を置いています。ほとんどが文楽を題材にした大きな絵ですが、ファンタジックな抽象画も観ていただけます。
また、黒磯市ひがし公民館に100号の文楽の絵が2点展示されています。あちらは近くに那須大学の寮があるためでしょうか、外国の方もよく観てくださるそうです」
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― やはり実際に絵を拝見すると、迫力があって引きつけられます。
「絵を観るのが好きな方はもちろん、絵を描く人たちにもっと観ていただきたいですね。そして、子供たちにも。
昔、この辺りにまだキツネがいた頃、近所の子供たちがよく遊びに来ました。一緒にキツネの穴を見に行ったり、肝だめしをやったり。そんな子供たちとの事が随分参考にもなったんですよ。おかげでたくさんの童画も描きました。今、子 供たちの間にいろいろな問題が起っていますけど、悲しいですね。絵は情操教育そのものです。子供たちにもっともっと絵を観たり描いたりして欲しい。また、それを指導する先生方にもっと絵というものを知って欲しいと思います」
絵の好きな方、日本の心に触れたい方、ぜひ、『アートルーム 蕗』へお出掛けください。お出掛けの際は、事前に電話連絡をお願いします。
『アートルーム 蕗』 那須町新高久甲496の17 電話/0287(63)7556
※アートルーム維持保全の一助として、一人300円の見学料が必要です。
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※このインタビュー記事は、2000年12月1日発行の「那須野をむすぶタウン情報誌 ひなた」に掲載されたものです。
※「アートルーム 蕗」の住所・電話番号は、ご本人の了解のもとに掲載しています。
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