『塩原温泉開湯1200年、その節目を大事にしたい』
田代純代/塩原温泉女将の会会長


 来年(平成18年)、開湯1200年を迎える塩原温泉では、さまざまな記念行事が始まっています。女将として旅館「松風楼 松屋」を切り盛りし、塩原温泉『女将の会』会長として記念事業にも携わる田代純代さんにお話を伺いました。

 「東京生まれの埼玉育ち。自分が旅館の女将さんになるなんて、まったくイメージしないままお嫁に来ました。サラリーマン家庭で育ってきたので、全然違う旅館という家に最初はすごくギャップを感じましたね。違う世界に来ちゃったって。それから12年。子どもが小学校に入った5年程前から本格的に女将としてお客様と接しています。
 塩原温泉旅館協同組合の中の女性部門のような形で『女将の会』があります。旅館組合には、だいたい70軒くらいの旅館が登録されているんですけど、女将さんがいないところもあるので、『女将の会』のメンバーは現在42名です。その会長になったのは3年前ですね。活動としては、東京でのキャンペーンなど塩原温泉のPR、それと、地元でのボランティア活動も行っています。
 ボランティアのひとつは、塩原温泉街にある視力センターで研修生の皆さんにお昼を召し上がっていただいてます。女将さんたちで、手打ちうどんやそばを作るんです。この活動はもう長くて、今度の回で14回目。年に1回、2月の始め頃に行います。最終学年の生徒さんたちは2月下旬に国家試験があるから、その景気づけにもなるんです。試験頑張ってくださいって気持ちを込めて、ね。

 あと、地元の塩原小学校で、挨拶の仕方を教えたり、抹茶教室を開いたりしています。こういう地区に住んでいる子どもたちに、『女将の会』として何か伝えられることはないかと学校側からお話をいただいて。お茶の席では、ピンと張りつめた空気に、子どもたちもピシッとするんですよ。
 女将というと着物を着てキャンペーンなんかしているイメージでしょうけど、塩原は小さい旅館や家族でやっているような旅館が多いので、女将さんたちも随分忙しいんですよ。
 女将の役割というのは、やっぱり来ていただいたお客様にきちっとしたおもてなしをするというのが本来の務めだと思います。こうして着物でお客様に接したり、心を込めてお料理を作ったり、お掃除をしたり、お布団を敷いたり、…各旅館のそれぞれのおもてなしの形を大事にする女将さんたちの会にしたいな、と思っています」

「開湯1200年という年は、私たちにとって最初で最後です。そういう節目の年に、たまたまここに住む機会に巡り会った。すごいことだと思うんです。だから地元から盛り上げたいなって。開湯1200年は1回しかないけれど、その次の1201年、1202年と、ずっと続けていけるような何かを始めたいとも思う。例えば、各旅館のレベルアップを図ること…。1200年記念に行う事業をただのイベントに終わらせるのではなく、1250年記念くらいの時に、1200年のあの時、あれをやっといて良かったねって言えるようなことをしたい。あっ、でも1250年記念の時には生きてないよね。1220年くらいかな(笑)。そして、この節目をきっかけに、少しでもお客様が増えてくれればいいなって思います。
 記念事業のひとつとして、『塩原温泉・湯っ歩の里』が作られることになり、来年の夏にはオープンします。これは、いつもこの節目を忘れないシンボリックなものとして残りますよね。完成を楽しみにしているんです」

 『塩原温泉・湯っ歩の里』は、日本最大の足湯をはじめ、飲泉なども作られます。地元那須塩原市民には、市民感謝デーも用意されるとか。楽しみですね。

塩原温泉開湯1200年記念事業のホームページ
http://www.shiobara1200.com

※このインタビュー記事は、2005年12月5日発行の「那須野をむすぶコミュニケーションペーパーひなた」に掲載されたものです。



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